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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)15497号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

二本件不動産売買契約成立の経緯

昭和五二年一二月七日、郭、新野、被告高橋、飯田、庄野が神奈川県川崎市川崎区渡田山王一丁目七番所在の山王ハウスへ赴いたこと、被告金庫が柳村に金二〇〇万円の貸金債権を有し、本件土地に右債権担保のための抵当権の設定を受けていたこと、被告高橋は柳村と面識があつたこと、同被告が右山王ハウス二〇三号室内に寝ていた女性と面談したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、<証拠>を総合すると次の各事実が認められる。

1 関は、以前、他人の土地をその所有者から処分を一任されているかのように偽つて処分し、売買代金名下に金五〇〇万円余の大金を騙取したことがある経験に基づき、同種の不動産がらみの犯罪によつて大金を入手しようと考え、昭和五二年一一月二四日の新聞広告で柳村所有の本件不動産が売りに出されていることを知り、その取扱業者である中野区所在の不動産会社に赴き、客を装つて現場を案内してもらう間に右柳村が一人暮しの老女であることを知つて右の物件を前記計画に利用しやすいものと考え、翌二五日には、一人で柳村方を訪れ、同女に対し言い値通り3.3平方メートル当たり金八〇万円で、関の母親が買い受ける旨もつともらしく話してとりあえず取引可能であるように話をつなぎとめておいたうえ、他方かねての知り合いで、換金先と考えていた平和土地の飯田の許へ赴き、「自分のおばさんの土地だが、一人暮らしなので売つて養老院に行きたいと言っているので売つてほしい」旨もちかけ、飯田から「現地を見たうえで、よければ買つてもよい」旨の答えを得た。同月二八日飯田は現地を見、同日夕方、関は、飯田に対し所有権者の印鑑登録証明書、権利証等の書類さえそろえばそれだけですぐに取引ができるかどうかを確かめ、飯田からできる旨の答えを得たため、関は柳村から不動産取引に必要な書類などを盗み出すことを企てた。そして翌二九日、関は訴外金清子(以下「金」という。)と訴外林炳赫(以下「林」という。)に依頼し、金を関の姉に仕立て上げ、柳村から書類等を盗み取るべく同女に対し、「銀行で今日お金が全部そろうかもしれないから、不動産登記に必要な書類を持参してくれ。」などと嘘をいつて大田区内の喫茶店に同女を誘い出し、話のすきに前記林をして権利証と印鑑証明書を盗み取らせ、関がこれを受け取つて平和土地の事務所へ持ち込み、飯田に対し即金で買い取り方を交渉したところ、飯田は即金で金三六〇〇万円の値をつけ関も承諾したが、その際飯田から、「おばさんが家にいる間は金にならない」旨告げられ、喫茶店に戻り、盗んだ権利証等は気づかれないようにしてもとに戻した。そして関は、持主が本件建物に居住していては金にならないことから、柳村を殺害しようと決意し、訴外黄益義と共謀のうえ、同女を殺害したうえ登記関係書類等を強奪することを企て、同年一二月三日、柳村を本件不動産の売買をする旨言葉巧みに誘い出し、本体不動産の登記済証印鑑証明書二通、実印等を入れた茶封筒を持つた柳村を、黄運転の自動車に乗せ、千葉県佐倉市内の路上で同女を殺害したうえ、柳村の実印、印鑑証明書二通、本件不動産の登記済証などを強取したうえ、同女の死体をコンクリートブロック三個の重石をつけて川の中に投棄した。

関は、飯田との間で契約期限と定めていた一二月六日、平和土地の飯田に電話をし、取引の早期実施を促したところ、飯田から「すぐ契約できる」旨の回答を得たものの、その際、同時に「本件不動産についている抵当権抹消のこともあるので、抵当権者である被告金庫雪ヶ谷支店で明日取引したい。ついては柳村を連れてきてくれ。」といわれ、関は困つて突嗟に「柳村は心臓が悪くて、俺の部屋で寝ている契約は俺の家でしてくれ。」とでたらめな説明をし、結局売買契約は翌日、関が俺の家と言つた金方(前記山王ハウス二〇三号)で行う約束ができたが、関としては、契約に当たり第三者を柳村の替え玉に仕立てて契約をすませるほかなくなり、顔の形や太り具合が柳村に似ている訴外藤岡喜代子(以下「藤岡」という。)を替え玉にすることとした。

2 飯田は、関の言動に強い不審をいだき、とりわけ、以前から所有者を関与させないで売買できないかなどと聞いたり、あるいは即金取引に固執している態度が顕着であつたり、また被告金庫での取引を避ける態度を示すのは、柳村と抵当権設定等を通じて面識のある職員を避けようとしているのではないか等と疑問をもち、同日夕方群馬県伊勢崎市に居住する知人に上京させ、関の指定する家の様子を見させたが、柳村らしい女性がいない旨の報告を受け、ますます疑念を強めたが、既に買主から買取り意思を強くのべられ、これを転売する際の飯田の利益も見込まれていたため、これらの事情のもとで、右の疑念を強くもち出して取引を中止するよりも、柳村に面識のあるという被告金庫の職員である被告高橋に取り引きをするのが柳村本人であるか否かを確認させ、同被告のする本人確認の様子を見て、身代りが露見して取引できなくなれば相手方の責任とし、露見しなければこれを信用していたとして取引を進めることとすれば、いずれにしても自分の立場を悪くすることはないものと決意するにいたつた。

3 原告らはいずれも昭和五二年一二月初めころ、それぞれ個別に飯田から本件不動産を金三六〇〇万円で購入するようあつせんを受けた。原告らはいずれもそのころ現地を検分した上で購入の意思を示したため、飯田の発案により同月六日、原告両社が持分二分の一づつの共有、代金各一八〇〇万円で買い受けることが内定し、前記のとおり契約は翌七日行なわれることになつた。

4 本件土地には被告金庫の抵当権が設定されていたため、同月六日飯田は被告金庫雪ヶ谷支店に、本件不動産に買手がつき、翌七日取引が行われることを連絡した。

翌七日午前九時ころ、飯田は被告金庫雪ヶ谷支店に行き、被告高橋に面会した。その際、同人は同被告に、「柳村が出先の知人の家で心臓病になつて寝こんでしまった」との事情を説明し、今日の取引が前記の事情から柳村貞子の自宅ではなく右出先で行なわれることになつたと告げ、柳村貞子が自宅にいないことを現認して欲しいと述べて同被告を連れ出した。飯田とともに柳村方(本件不動産)を訪ねた同被告は、玄関先には数日分の新聞がたまつている上、ブザーを押しても応答がなかつたことから、柳村が病気のため出先で寝ているという飯田の言を信用するに至つた。そして同被告は、同日午後に行われる取引に、被告金庫の前記債権の回収及び抵当権の抹消のための書類交付並びに柳村が取得すべき売買代金について預金の勧誘を行うため、立ち会うこととなつた。

5 同日、山王ハウス二〇三号室では、金は外出し、関は柳村の替え玉となる藤岡に対し、「おばさんは俺の家へ来て、階段から落ちて身体を打つて寝ているということになつている。」と説明したうえ、そのころたまたま耳病で耳の前後にこう薬を貼つていた藤岡に指示して額や手の甲にもこう薬を貼つて顔が判別しにくいよう準備をし、同室六畳の間に布団を敷いて寝かせた。

なお、これより先、藤岡は、関から、「ひよつとしたら署名をしてもらわねばならないが、その場合にはこういうふうに書いてくれ。」といつて柳村の氏名、住所、生年月日が記入されたメモ用紙を渡されていた。

6 同日午後一時ころ、飯田の事務所に取引のため、買主である各原告会社の代表者である郭、新野、新野に同行してきた司法書士庄野、被告高橋らが集まつた。郭、新野、庄野と被告高橋は初対面であつたため、名刺を交換してあいさつをし、その後一同は取引場所である山王ハウスへ向つた。

山王ハウスに着くと一同はまず一階にあるスナック「チャーミー」に入つた。そこへ売主柳村のおいで同女の代理人と称する関(山本と名乗つていた。)が現われ、飯田を外に呼び出して「何で銀行員を連れてくるんだ。銀行員を家の中に入れないでくれ。」といつたが、飯田がこれを拒否すると、関は再び「チャーミー」に入つて、「部屋が狭いので、全員が取引に立会うことはできない。」といつたが、郭、新野がそれぞれ「取引の当事者が立会えないなら取引は中止してすぐに帰る。」と言つたため、結局全員が取引に立会うことになり、関係者全員が二階の山王ハウス二〇三号室に入ると奥の部屋に布団が敷いてあり女性が寝ていた。しかしその顔には上記のようにこう薬が貼つてありこれを見た飯田は、恐らく替え玉に違いないものと察知したが、これを秘してそのまま取引を成立させることとした。

7 部屋へ入ると、関は、「柳村から本件不動産の処分をすべて委されている」旨述べ、柳村の権利証、実印、印鑑証明書も預つている旨述べて、これを見せたりした。

そして被告高橋は飯田から柳村(寝ている女性)のところへ行つて本人であると確認してほしい旨依頼された。

被告高橋は依頼を受けて奥の部屋へ行き、寝ている女性(藤岡)の枕元の左側からのぞき込んだところ、前記のように、女性の顔には白つぽいこう薬が貼つてあり、しかもうつぶせに寝ていたために顔ははつきりとは確認できなかつたが、「柳村さんご不自由で大変ですね」等と声をかけて同女と会話をしたところ、声の感じでは柳村に似ていた。そこで同被告は、「寝たままだからはつきりしないが声の感じなどから間違いないと思います。」と述べたため、郭、新野、庄野らは被告高橋の確認の仕方が頼りなげであつたことに不安を感じ、郭が「もう一度よく確認してほしい。」旨述べて同被告に確認を依頼した。

被告高橋は再び女性の枕元へ行き、「顔が見えないので見せて下さい。」と話しかけたところ、少し顔を挙げたため、女性の顔にややむくみがあり、眼鏡をかけていないことにも気づき、「眼鏡はどうしたのですか。」と声をかけたところ、同女(藤岡)は「階段から降りる時転んで壊しました。」と答え、また顔にむくみがあるように見えた点も、同被告は以前に柳村が心臓が悪いときいていたこととかねて心臓の悪い人には顔にむくみが出ることを経験によつて知つていたため、納得した。更に一方で心臓が悪くて寝こんでいるときいていたのに他方藤岡が階段から降りるとき転んだと述べた点についても、同被告は心臓が急に悪くなつたために転んだと思つて疑問を感じなかつた。

そして、同被告が当日午前中に柳村の自宅へ飯田に連れられて行き同女が不在であることを現認しており、同女が出先で病気になつて寝こんでいる旨の飯田の言を信用していたことや関が本人の寝ている前で柳村から本件不動産の処分を委されている旨述べ権利証等をみせたことなどから、そこに横臥している女性が柳村であるとの先入観をもち、これが別人であるとの疑いをもともともつていなかつたうえ、右のような女性の様子などから、柳村本人に間違いないと考え、郭や新野らに「柳村本人に間違いない。」旨答えた。

なお右のような二回の確認作業中、関や飯田は、被告高橋が寝ている藤岡に近づいたりして入念に確認しようとすると、「心臓病だから布団を踏んだりしないでくれ。」とか「大変なことになるから心臓にひびくようなことはしないでくれ」等といつて妨害しようとした。

8 被告高橋が柳村を確認したことから、原告らは取引を進めることとし、庄野の指図によつて寝ている女性に、委任状、売買契約書などの書面に「柳村貞子」と署名させた。その後の手続は被告金庫雪ヶ谷支店において行うことになり、一同は山王ハウスを出て被告金庫同支店へ向い、同支店において原告らは関に対し本件不動産の売買代金を支払い、関は被告金庫に柳村の債務を弁済し、抵当権抹消のための書類の交付を受けた。

以上の事実が認められる。<証拠>中、右認定に牴触する部分は、前記認定に供した各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三被告高橋の不法行為の成否

1 右認定の事実によれば、被告高橋が柳村と確認した女性は、替え玉の藤岡であつて、被告高橋は同女を見誤つて柳村と確認したものであることが明らかである。

2 そこで被告高橋に過失があるか否かについて検討する。

不法行為の成立要件たる過失を構成する前提として行為者に負わしめられる注意義務とは、当該の種類の行為について当該の職業、地位、立場等に属する通常人が払うことを期待される程度の注意をなす義務であることはいうまでもない。そして不動産取引において売主と称している者が売主本人であるか否かの確認(同一性の確認)は、当事者(買主)本人のほか不動産仲介業者(本件においては飯田)の責任においてなすべきであり、被告金庫の従業員である被告高橋は、前記二認定の事実によれば、被告金庫が柳村に対して有していた貸金債権を本件不動産売買に際して回収し本件不動産に設定を受けていた抵当権設定登記を抹消するとともに、被告金庫として売却代金中から預金を獲得するための勧誘のため、本件不動産の売買取引に立会うこととなつたもので、売主の同一性確認のために取引現場に赴いたものではなかつたが、認定のような経緯によつて結局同一性の確認を依頼されこれを行うこととなつたものである。したがつて被告高橋の確認行為は、このような確認をなすべき義務のない同被告が、いわば好意によつて行つたものといつて差し支えない。そして、このような立場にある者が同一性の確認をする場合の注意義務の範囲、程度は、もともとこのような確認をすべき義務のある者(例えば不動産仲介業者)のする場合の注意義務の範囲、程度とは、おのずから差があつてしかるべきである。

右の見地にたつて本件の具体的事情をみるに、前記二認定の事実によると、本件は既に殺人まで犯しあとへは引けなくなつていた関によつてきわめて巧妙に替え玉作戦がたてられ、不動産仲介業者の立場にある飯田も関が替え玉を使うことを知りながら、取引を中止しなかつたのみならずこれに協力し、飯田において取引当日である一二月七日の午前中に被告高橋を柳村の自宅(本件不動産)に連れて行き、同女が留守であることを現認させ、柳村が出先で心臓病になつて寝こんでしまつたため本件不動産の取引が右出先で行われる旨同被告に述べてこれを信用させ、更に関において、横臥中の女性の前で柳村から本件不動産の処分をすべて委されており本件不動産の権利証や柳村の実印、印鑑証明書を所持している旨述べてこれらを見せたりしていたことなどから、被告高橋は本件取引場所である山王ハウス二〇三号室に横臥中の女性が柳村であるとの先入観をもつに至つていたこと、しかも藤岡は、顔にこう薬を貼つたり、うつ伏せに寝るなどして替え玉であることがさとられないように策をろうしており、また関や飯田が被告高橋の確認作業に際し、「心臓病だから布団を踏んだりしないでくれ。」とか「大変なことになるから心臓にひびくようなことはしないでくれ。」等といつて被告高橋の入念な確認を妨害しようとしていたもので、このような条件の悪い状況のもとでの確認であつたこと、柳村と藤岡は、顔の形や太り具合、声などが似かよつていたうえ、被告高橋は、心臓病の患者は顔にむくみがでることを経験によつて知つていたところ、心臓が悪いといつて寝ている女性の顔は、同被告にはむくんでいるようにみえたこと、被告高橋は、当初「寝たままだからはつきりしないが、声の感じなどから間違いないと思う」と感じをそのまま述べたのに対し、郭らから更に再度の確認を求められ、寝ている女性(藤岡)と更に会話をしたり顔をみたりしたあと間違いない旨述べたこと、右の会話をした際、眼鏡をかけているはずなのにかけていないことに気づき、このような疑問点については問いただして一応の答えを得て同被告なりに疑問の解消をしていることが明らかであり、以上のような事情からすると、被告高橋が柳村の同一性の確認を誤つたのは無理からぬものがあり、この点について同被告に過失があるものとは断定しがたいものと考えられる。もつとも、被告高橋において以前に柳村とは一〇回も会つて話しをしたことがあることは同被告本人の供述により認められるので、同被告において、更に柳村本人しか知らないような事実を質問するなど更に細心の注意を払つた調査をすることにより、藤岡が柳村本人でないことを見ぬける余地があつたことも考えられないではないが、前記のような被告高橋の立場からすると、右のような調査等まですべき注意義務を負うものとは到底考えられないので、これをしなかつたからといつて、被告高橋に過失があるとはいえない。

3 そうすると、被告高橋の不法行為責任は、その余の点について判断するまでもなく、成立するに由ないものである。

(岡崎彰夫)

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